「人生を変えた一冊」を見つけよう(図書館報『若い樹』第100号 校長のことば)
図書館報『若い樹』100号おめでとうございます。
1973年度まで年2回発行だったようです。創刊号は1960年6月25日に『図書館月報』として発行され、第10号から「若い樹のようにすくすく伸びるように」との思いから『若い樹』と改名されたとのことです。
図書館には第1号からありました。「発刊のことば」を書いたのは、須田修敬さん。冒頭の一文を再掲します。
「心の栄養ともいうべき図書、それを沢山収蔵してある“知識の宝庫”とも云うべき図書館より、館報第一号として「月報」の名において水無月の今日、委員や他の人々の努力、協力により皆さんのもとにお配り出来ますことを大変嬉しく思います。」当時の蕨高生の図書や図書館に対する思い入れがストレートに伝わってきます。
初めて『若い樹』と名乗った第10号は1962年7月発行。「編集後記」には、「いままでは『月報』という名前でしたが、編集委員の希望により『若い樹』と改めました」とありました。生徒主体の編集スタイルであったようです。
特筆すべきは1981年11月に発行された第53号です。「特集 活躍する女流作家」として4人の女流作家を取り上げ、実際に曾野綾子氏、永井道子氏には図書委員がインタビューを行い、誌面を構成しています。当時の図書委員会の行動力には驚くばかりです。
教職員が登場する場合は、お薦めの図書の紹介が多いようです。そこで、私も「人生を変えた一冊」は大袈裟ですが、本を一冊紹介したいと思います。
『カンカラ作文術 プロが教える合格文章の書き方』。著者は毎日新聞社局長(山崎塾塾長)の山崎宗次氏。すでに絶版になっているようです。
蕨高校を卒業し、浪人を経て大学に入学した私は、弁論を扱うサークルに入りました。大学3年になり、就職活動を始める時期になりました。漠然と、社会問題を扱うテレビや新聞などのメディアへの就職を考えていた私に、サークルの先輩が勧めてくれたのが、自身も所属していた山崎塾でした。
かなり以前の昭和の話ですが、NHKのドラマ「事件記者」に登場する「ヤマさん」という記者がいます。その「ヤマさん」のモデルとなっていたのが、著者の山崎宗次さんでした。私や先輩が所属していたサークルの先輩というご縁もありました。
こうして私は、山崎塾の20期の塾生となり、放送局や新聞社から内定を勝ち取るべく勉強を始めました。塾では塾長から幹事を命ぜられ、同期約60人のとりまとめも任されました。ところが、私は、山崎塾最後の塾生となってしまいました。
私が大学4年の7月、塾長はゴルフ場で倒れ帰らぬ人となりました。52歳でした。
この夏の就職試験でマスコミは全敗。11月になって、併願していた教員採用試験の合格が知らされました。ところが卒業直前の3月になって、夏に不合格だった毎日新聞から2次募集の誘いを受け、すでに公務員内定と断った上で面接を受けたところ、記者職の内定を得てしまいました。
最終的には蕨高校の恩師の一言が私の背中を押し、教職を選択しましたが、あれだけ憧れていた新聞社の記者職の内定を辞退した背景には、塾長の急逝が大きく影響していたのかもしれません。
ということで、私は塾長から教わったマスコミ就職試験合格の極意「カンカラ作文術」を手に、国語の教員として教壇に立つことになりました。私が塾長から学んだ作文術のエッセンスは、今回紹介する『カンカラ作文術』に書かれてあります。塾長への謝意と敬意をこめて、高校の後輩である皆さんに、その概要を伝えます。
本書には「合格の秘訣は『カンカラコモデケア』に尽きる」とあります。
「カン」は感動の「カン」。よい題材が感動を生む。ふだんから感動的なエピソードを仕込んでおくことが重要。
「カラ」はカラフルの「カラ」。頭のいい人はカラフルな文章を書く。カラフルな表現を心掛けろということです。
「コ」は今日性の「コ」。「今日性」というくせ者を利用せよ。「くせ者性」を逆手に取れということです。
「モ」は物語性の「モ」。斬新な発想で読者を引き込む一流のストーリーテラーになれということです。
「デ」はデータの「デ」。数量や日時などのデータは文章が引き締まり信憑性が増す。準備しておけということです。
「ケ」は決意。問題を浮き彫りにして、自分ならこうするという一大決心を表明することが重要。
「ア」は明るさ。明るい作品は読む人を楽しくさせる。スポーツなど、題材には明るいものを選べということです。
皆さん自身の「人生を変えた一冊」を見つけることを期待しています。